佐賀地方裁判所 昭和29年(行)2号 判決
原告 山本早雄
被告 佐賀県知事
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
一、請求の趣旨
原告は「被告が昭和二十八年十二月三十日附及び昭和二十九年二月二十六日附なした訴外山本ナヲの昭和二十八年度事業税に対する異議し申立を却下した決定はこれを取消す。」との判決を求めた。
一、請求の原因
原告は請求の原因として次のように述べた。
(一) 原告の母、訴外山本ナヲと共に佐賀県小城郡多久村(現在は多久市の菓子小売業を営んでいたものであり、原告は同訴外人として連帯して事業税納付義務を負うものであるところ、同訴外人は、佐賀県小城地方事務所長より昭和二十八年九月十五日附の昭和二十八年度事業税徴税令書の交付を受けたが、右令書によれば、一期分として九百円、年額千八百円の事業税を賦課されていた。
(二) 同訴外人は、右事業税の賦課について違法があると認め、昭和二十八年十月八日被告県知事に異議申立をなしたところ、被告は右異議申立を却下し、再調の結果却下する旨記載した。同年十二月三十日附昭和二十八年度事業税異議申立に対する決定通知書を同訴外人宛発送し、右通知書は昭和二十九年二月十三日同訴外人に到達した。
(三) そこで同訴外人は昭和二十九年二月二十一日更に被告宛照会状を送つたところ、被告は右小城地方事務所長の回答と共に、同じく異議申立を却下する旨の同年二月二十六日附昭和二十八年度事業税異議申立に対する決定通知書を同訴外人に発送し、右通知書はその頃同訴外人に到達した。
(四) 昭和二十八年度課税標準の算定の基準となる昭和二十七年中の総収入金額、即ち年間の総売上高が、被告認定のとおり金三十六万五千円であることは認める。
(五) 地方税法第七百四十四条第九項によれば、右総収入金額から必要な経費及び十二月分として五万円を控除すべき旨規定してあるのに被告は総収入金額から三十万円及び十二月分として五万円を控除したのみで次の必要経費を控除しない金額を同訴外人の所得と認定し、同訴外人の右賦課に対する異議申立にも拘らず、これを維持したのは違法である。
その必要経費とは
(1) 荷車税金、年額金二百円
(2) 包装紙代金、年額金千五百円
(3) 営業上の電燈料金、年額金二千円
(4) 従業員報酬二人分、年額金九万六千円
(但し原告及訴外山本ナヲの報酬で、その内訳は原告は月五千円、ナヲは月三千円とした十二月分である。)
(5) 多久村商工会費、年額金千百円
(但し共同の利益を計るための任意団体であるが、これえの加入の費用で大売出の時の広告料、景品附売出費用等を含む。)
合計金十万八千円である。
(六) また前記(二)の異議申立に対する県知事の決定は、地方税法第七百六十四条第八項によれば、文書をもつて理由を附けて異議申立をなした者に交付しなければならないと規定されているのに、被告は異議申立に対する決定通知書において却下する理由を附していないのは違法であり、(三)の異議申立に対する決定通知書における却下理由は違法不当である。
(七) よつて、右(五)(六)の理由により、被告のなした本件異議申立に対する却下決定は違法であるから、その取消を求める。
一、請求の趣旨に対する答弁
被告は主文同旨の判決を求めた。
一、請求の原因に対する答弁
被告が本件事業税に対する異議申立を却下したのは正当であるとして次のように主張した。
(イ) 原告主張の請求原因事実中(一)(二)(三)の事実は認めるがその余の事実は否認する。
なお(三)の昭和二十九年二月二十六日附決定通知書は本来の決定通知書でないこと後記の通りである。
(ロ) 被告は昭和二十八年度事業税の課税標準の算定の基準となる昭和二十七年中の総収入金額即ち、訴外山本ナヲの年間総売上高を金三十六万五千円と認定した。
(ハ) 而して被告のみならず一般に収税官庁は税法上直接の根拠はないが納付義務者が帳簿を記入していない場合、又は記入してあつても、記帳に信憑性がない場合には納付義務者の口頭申述により売上高を認定し、それに所得標準率を乗じて所得金額とし、これを課税標準として課税しておる実情で、右訴外人も信憑性ある記帳をなしていなかつたので止むなく右所得標準率を適用した。右所得標準によれば、同訴外人の事業である菓子小売業については、利益即ち仕入価額と販売価額との差額は、収入金額百円につき二十五円となつており、所得金額はこれより更に地代家賃、公租公課等地方税法第七百四十四条第九項、第十五項、同法施行令第二十三条第一項によつて控除すべき必要な経費を差引いた金額で収入金額百円についき十九円三十銭となつている。而して同訴外人の年間所得金額を算出するに当つては、総収入金額三十六万五千円に右率を下廻る十八パーセントを乗じて、年間所得金額六万五千七百円を算出し、端数七百円を切捨てて、金六万五千円を年間所得となし、結局金三十万円が必要な経費に当ると認定して総収入金額より、これを控除することとしたのである。なお原告の主張する必要経費中、従業員報酬二人分即ち原告及び訴外山本ナヲの報酬は、同訴外人が所得税法第二十六条の三第一項の青色申告書を提出する者でないから地方税法施行令第二十三条の二より、これを認めることはできないので、右控除の中には含まれていない。これを要するに同訴外人に対する事業税賦課は適法であるので、本件異議申立を却下したのである。
(ニ) 「原告の(六)の主張に対し」、被告が昭和二十八年十二月三十日附で右訴外人に発送した昭和二十八年度事業税異議申立に対する決定通知書には再調の結果却下すると記載してあるので、決定の理由として十分である。又被告が昭和二十九年二月二十六日附で同訴外人に発送した昭和二十八年度事業税異議申立に対する決定通知書は本来の決定通知書ではなく、同訴外人の照会に対する回答として小城地方事務所長の回答と共に送付した回答書である、
一、証拠関係<省略>
三、理 由
原告の母訴外山本ナヲが原告主張のとおり昭和二十八年九月十五日頃、昭和二十八年度事業税として一期分金九百円、年額金千八百円を賦課されたこと、原告は同訴外人と連帯して右事業税の納付義務を負うこと、同訴外人が右事業税賦課を違法として被告県知事に異議の申立をなしたこと、被告は右異議申立を却下し、再調の結果却下する旨記載した同年十二月三十日附昭和二十八年度事業税異議申立に対する決定通知書を同訴外人に宛て発送し、右通知書は昭和二十九年二月十三日同訴外人に到達したこと、昭和二十八年度事業税課税標準の算定の基準となる昭和二十七年中の総収入金額即ち年間の総売上高が金三十六万五千円であつたことは当事者間に争いがない。
原告は課税標準となる右訴外人の所得の認定を争い、被告認定の必要な経費金三十万円の控除の外更に(1)荷車税金、年額金二百円(2)包装紙代金、年額金千五百円、(3)営業上の電燈料金、年額金二千円、(4)従業員報酬二人分、年額金九万六千円、(5)多久村商工会費、年額金千百円、合計金十万八千円を必要な経費として控除すべき旨主張するので先ずこの点から判断する。
課税標準となる所得の存在については課税権者側においてその存在を合理的に首肯せしめるに足る一応の立証をなす義務があると解すべきところ、弁論の全趣旨並びに成立に争いのない乙第一、第二、第四乃至第六号各証に証人柳川茂雄の証言を総合すれば、納付義務者がその収支を正確に記帳しておればその所得の実体を把握し得るが納付義務者が記帳していないか、記帳があつてもそれに信憑性がない場合が多いので、かような場合所得標準率表を適用して所得を算出するのが被告のみならず一般に収税官庁の実情であること、訴外山本ナヲも信憑性ある記帳をなしてなかつたので所得標準率表を適用してその所得を認定したこと、右所得標準率表の適用は所得金額を推計する便法で、地方税法に直接の根拠はないが(所得税法第四十六条ノ二第三項は推計による所得認定を許している)、納税義務者が徴税担当者に正直に口述した場合は、所得標準率表を適用した結果と殆ど変らない数字が出ること原告等の住所の近傍佐賀県小城郡牛津町の納税者中信憑性ある正確な記帳を有する五業態を例にとつて見るもその正確な収支計算による所得額と所得標準適用の所得額と大差がないこと(乙第五号証の昭和二十七年分所得標準率表は佐賀県で作成し各地方事務所に配付しているもので青色申告を認められた多数の納税義務者の正確な記帳に基き科学的、統計学的に計算された率を表にしたものであり、各県で幾分この率は異るが大差はなく、又その率の適用においても地域により一割位の増滅を認めていること)、同訴外人の業種は菓子小売業であるので右所得標準率表によれば利益即ち仕入価額と販売価額との差額は収入金額(販売価額)百円につき二十五円となり所得金額はこれより更に地代、家賃公租公課等地方税法第七百四十四条第九項第十五項同法施行令第二十三条第一項によつて控除すべき必要な経費を差引いた金額で収入金額百円につき、十九円三十銭となつていること、同訴外人の年間所得金額を算出するに当つては、前記当事者間に争いのない総収入金額三十六万五千円に右十九・三パーセントを下廻る十八パーセントを乗じて金六万五千七百円を算出したが、端数七百円は切捨てゝ金六万五千円とし、結局必要な経費を金三十万円と認定して前記総収入金額からこれを控除し更に地方税法第七百四十四条第九項により十二月分として金五万円を控除したことを認めることができ昭和二十八年度事業税の課税標準となる同訴外人の所得が少くとも金一万五千円以下ではなく被告の右認定が正当であることを合理的に首肯させる事実が一応証明されたということができる。
原告は右の必要な経費金三十万円の外更に必要な経費として前記金十万八千円を控除すべき旨主張するが何等立証をなさないので右認定を覆して原告のこの主張を認めることはできない、のみならず前掲証人柳川茂雄の証言に徴すれば、原告の主張する(1)荷車税金年額金二百円、(2)包装紙代金年額金千五百円、(3)営業上の電燈料金年額二千円、(5)多久村商工会費年額金千百円等は被告の認めた右金三十万円の必要な経費中に包含されていることを窺知するに足るのであるが所得標準率表を適用する限り、右率そのものが大数観察の結果導き出された総括的数値であつて種目、金額を正確に表示することは事の性質上不可能であると解せられる。これを不当とするならば原告において必要な経費すべてに亘つて正確に種目、金額を挙げ且つ立証しなければならない。
なお、右金三十万円の必要な経費中に原告の主張する従業員報酬即ち原告及び訴外山本ナヲの報酬が含まれていないことは被告の争わないところであるが、地方税法施行令第二十三条第一項、第二十三条の二により、必要な経費と認められないこと明らかである(地方税法施行令の右各条項は、地方税法第七百四十四条第十五項の委任に基く命令で同法同条第九項の必要な経費の範囲を規定したもので、同令の各条項は地方税法で認めた必要な経費を不当に制限したものではないから有効な規定といわねばならない)進んで原告は昭和二十八年十二月三十日附昭和二十八年度事業税異議申立に対する決定通知書ににおいて被告は「再調の結果却下する」と記載したのみであるが、それだけでは決定に理由を附したことにはならないと主張するのでこの点について考えるに、地方税法第七百六十四条第八項の要求する決定に附すべき理由とは異議申立を却下する場合、申立が、不適法(例えば期間徒過)であることを理由とするものであるか、又は内容に入り異議が理由ないことを理由とするものであるかを判別せしめる程度に記載するを以て足ると解すべきところ、被告のなした決定通知には「再調の結果却下する」とあつて、右は再調査の結果異議が理由ない旨の判示であること自ら明かで決定に附すべき理由として必要にして十分であると解する。
なお原告は昭和二十九年二月二十六日附昭和二十八年度事業税異議申立に対する決定通知書の理由は違法不当であると主張し、右同日附通知書を送付したことは被告の認めるところであるが、先に昭和二十八年十二月三十日附で昭和二十八年度事業税異議申立決定通知書が既に訴外山本ナヲ宛送付されていることは前記の通り当事者間争いないところであつて、弁論の全趣旨に徴し、右昭和二十九年二月二十六日附通知書は同訴外人の照会に対し印刷した決定通知書用紙を使用してなした回答であることを推認するに十分で、何等法的効果を伴わないものであることが明らかであるから右通知書に記載された理由の当否はこれを判断する必要はない。
以上いずれよりするも被告のなした処分に違法な点はないから、その違法であることを主張してこれが取消を求める原告の本訴請求は理由なきに帰するので失当としてこれを棄却し訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 岩永金次郎 富川盛介 小川正澄)